フエ料理は本当に辛い?――よくある誤解と真実


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「フエ料理=激辛」――ベトナム旅行ガイドや日本のグルメメディアで、こんなフレーズを目にしたことはありませんか?「フエに行くなら辛いものを覚悟して」「ブンボーフエは激辛スープ」といった表現は、日本語の情報源でも英語の旅行記でもよく見かけます。

しかし、これは大きな誤解です。フエ料理の本質は「辛さ」ではありません。辛さはあくまで後から加える調味料(gia vị kèm thêm)であり、料理そのものの特徴ではないのです。この記事では、なぜこの誤解が生まれたのか、そしてフエ料理の本当の姿をお伝えします。

なぜ「フエ料理=辛い」と思われるのか

まず、フエの人々が辛いもの好きであることは紛れもない事実です。フエの食卓には唐辛子が欠かせません。生の唐辛子、チリソース、サテ(辛いラー油のようなもの)——これらが常に食卓に並び、フエの人は自分の好みに合わせてたっぷりと加えます。

問題は、フエの地元食堂では地元の人の味覚に合わせたデフォルトの辛さで提供されることがあるということです。つまり、観光客が何も言わずに注文すると、フエの人にとっての「普通」——日本人にとっては「かなり辛い」——レベルの料理が出てくることがあります。

さらに、旅行メディアやガイドブックが「フエ=辛い」というステレオタイプを広めてきました。実際に辛い料理を食べた旅行者の体験談が記事になり、それを読んだ人がまた「フエは辛い」と信じる——こうして誤解が再生産されていくのです。

しかし重要なのは、この辛さは料理自体に内在するものではなく、後から追加されるものだということ。最近ではRedditなどのSNSでも「実はブンボーフエは自動的に辛いわけではない」という投稿が話題になり、多くのベトナム人が「そうだよ、辛さは自分で調整するもの」と同意しています。

実は辛くない!フエ料理の本質

フエを代表する料理を一つずつ見ていきましょう。どの料理も、ベースとなる味は辛さとは無縁であることがわかります。

ブンボーフエ(Bún bò Huế)――スープの本質は「旨味」と「香り」

フエ料理の代表格であるブンボーフエ。このスープの作り方を知れば、辛さが「本質」でないことは明らかです。

スープのベースは、牛骨をじっくり煮込んだブロスに、レモングラスの爽やかな香りと、マムルオック(mắm ruốc/発酵エビペースト)の深い旨味を合わせたもの。ウィキペディアにも「ブロスは牛骨と牛すね肉をレモングラスと一緒に煮込み、発酵エビペーストと砂糖で味を調える」と記されています。ここに唐辛子は含まれていません。

辛さの正体は、食べる直前に加えるサテ(chili oil)やチリフレーク。これはあくまで調味料であり、スープそのものの味ではないのです。サテを入れなければ、ブンボーフエは辛さのない、旨味と香りに満ちたスープ麺として楽しめます。

バインベオ(Bánh bèo)――繊細で上品な蒸し菓子

米粉を蒸して作る小さなお皿状の料理。干しエビとカリカリのエシャロットをトッピングし、ヌクマム(魚醤)ベースのたれで食べます。一口食べれば、その繊細でやさしい味わいに驚くでしょう。辛さの要素はまったくありません。

バインロック(Bánh lọc)――透明感のあるタピオカ餃子

タピオカ粉で作った透き通った生地に、エビや豚肉を包んだ一品。もちもちとした食感と、具材のシンプルな味わいが魅力で、辛さとは無縁の料理です。

ネムルイ(Nem lụi)――香草で巻いて楽しむ串焼き

レモングラスの茎に巻きつけて焼いた豚肉を、ライスペーパー、野菜、ハーブと一緒に巻いて食べる料理。肉自体はレモングラスとニンニクで味付けされた香ばしい風味。辛いつけダレは別添えで提供され、使うかどうかは食べる人の自由です。

コムヘン・ブンヘン(Cơm hến・Bún hến)――しじみの旨味を味わう庶民の味

フエの名物であるしじみのご飯(コムヘン)や麺(ブンヘン)は、小さなしじみの旨味が凝縮された一品。辛みは食べる人が自分で唐辛子やチリペーストを加えるスタイルです。

このように、フエ料理の具材や基本の味付けを見ると、辛さは「本質」ではなく、あくまで「オプション」であることがわかります。

パクチーとの比較――「好み」であって「本質」ではない

日本の読者にわかりやすい例で説明しましょう。パクチー(コリアンダー/ベトナム語ではrau mùi)を思い出してください。

日本では近年パクチーブームがあり、パクチー好きは「パクチスト」と呼ばれるほど。一方で、パクチーの味や香りがどうしても苦手な人も少なくありません。飲食店では「パクチー抜き」が普通に通じますし、パクチーは「好きな人が追加するもの」であって、すべての料理に混ぜ込まれているわけではありません。

フエの辛さもまったく同じです。フエの人は唐辛子が大好きですが、それは「好み」として加えるもの。料理の核となる味ではありません。「パクチーが入っているからタイ料理はパクチー味」と言わないのと同じで、「唐辛子を加えるからフエ料理は辛い料理」とは言えないのです。

もう一つの例を挙げましょう。日本のお寿司に添えられるわさび。わさびは刺身やお寿司に欠かせない薬味ですが、わさびはネタの横に添えられるもので、すべての寿司にわさびが練り込まれているわけではありません。「さび抜き」を頼めば、わさびなしで寿司を楽しめます。フエ料理における唐辛子やサテも、まさにこの「わさび」と同じ位置づけなのです。

辛さなしでフエ料理を楽しむ方法

辛いものが苦手な方も、フエ料理を100%楽しむことができます。以下のフレーズと方法を覚えておきましょう。

覚えておきたいベトナム語フレーズ

  • “Không cay”(コン・カイ)=「辛くしないでください」。これだけで通じます。注文時にこの一言を添えるだけで、唐辛子やサテを入れずに作ってもらえます。
  • “Cho riêng ớt”(チョー・リエン・オッ)=「唐辛子を別にしてください」。辛さを自分で調整したい場合に便利です。

もともと辛くない料理を選ぶ

実は、フエ料理の多くはもともと辛くありません。バインベオ、バインロック、バインナム(bánh nậm)、チェーフエ(chè Huế/フエのスイーツ)など、繊細でやさしい味わいの料理がたくさんあります。「フエ料理は辛い」という先入観のせいでこれらの料理が見過ごされているとしたら、それは本当にもったいないことです。

日本のベトナム料理店なら安心

日本でブンボーフエを提供するお店では、日本人の味覚に合わせて辛さを控えめにアレンジしていることがほとんどです。まずは日本のお店で試してみて、フエ料理の「辛さの奥にある味」を体験してみてはいかがでしょうか。

フエの人はなぜ辛いものが好きなのか?

ここまで「フエ料理は辛くない」と強調してきましたが、フエの人々が辛い食べ物を愛しているのは事実です。では、なぜフエの人はこれほど辛さを好むのでしょうか?

気候説

フエはベトナム中部に位置し、高温多湿の気候です。東南アジアや南アジアの他の地域と同様に、辛い食べ物は発汗を促し、消化を助け、食欲を刺激するとされています。暑い気候と辛い食文化の関連性は世界中で見られるパターンです。

歴史的背景

唐辛子は16世紀頃にポルトガル人によって東南アジアに持ち込まれました。ベトナムの中でも特にフエ(かつてのグエン朝の都)で唐辛子は深く根付き、食文化の一部となりました。数百年の歴史の中で、フエ独自の辛さの楽しみ方が発展してきたのです。

文化的アイデンティティ

フエの人々は辛いものに強いことを一種の誇りとしています。ベトナムの他の地域の人が「フエの人は辛いもの好き」と認識しているように、これはフエの文化的アイデンティティの一部でもあります。しかし、繰り返しますが、これは「好み」や「文化」であって、料理の「定義」ではありません。

まとめ――フエ料理の真の魅力は「辛さ」ではない

フエ料理の真の魅力は、その味わいの複雑さ、繊細なバランス、そして宮廷料理に由来する品格にあります。牛骨の旨味、レモングラスの香り、発酵エビペーストの深い味わい、米粉の繊細な食感――これらが織りなすハーモニーこそが、フエ料理を特別なものにしているのです。

辛さは、そのハーモニーの上に重ねる任意のレイヤーに過ぎません。好きな人は存分に加え、苦手な人はまったく加えなくても、フエ料理の本当の味を100%楽しむことができます。

「フエ料理は辛いから食べられない」——そんな先入観で、この素晴らしい食文化を体験しないのは、あまりにもったいないこと。ぜひ一度、辛さを抜きにしてフエ料理の奥深い世界に飛び込んでみてください。きっと「辛さ」の向こう側にある本当の美味しさに出会えるはずです。

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