バインナム(Bánh Nậm)|バナナの葉で包むフエの蒸し餅
ベトナム中部の古都フエには、多くの伝統的な蒸し餅があります。その中でも特に繊細で優しい味わいを持つのがバインナム(Bánh Nậm)です。バナナの葉に包まれた白い餅は、見た目も美しく、フエの食文化を象徴する一品です。
バインナムとは?フエの伝統蒸し餅
バインナム(Bánh Nậm)は、米粉で作った薄くて柔らかい生地に、エビと豚肉の餡を乗せ、バナナの葉で包んで蒸し上げた伝統的な餅菓子です。「Bánh」は餅やケーキを、「Nậm」は包み込む動作を意味します。
フエを代表する「バインベオ・ナム・ロック(Bánh Bèo Nậm Lọc)」と呼ばれる3種セットの一つとして知られ、地元の人々の日常食からお祝いの席まで、様々な場面で親しまれています。
バインナムの歴史と起源
バインナムの発祥地は、フエ市中心部から約3キロ離れたナムフォー村(Làng Nam Phổ)です。この村はフータン社(Xã Phú Thượng)に属し、昔から餅作りの名人が多いことで知られています。
かつて、村の女性たちは地元で採れた米を粉にし、近くの潟湖で獲れた小エビをすりつぶして餡を作りました。これがバインナムの原型となり、やがて村から村へ、そして王宮のあるフエ市街地まで広まっていきました。
現在では、バインナムは日常の軽食としてだけでなく、法事や祭事、お供え物としても欠かせない存在となっています。
バインナムの特徴
見た目の美しさ
バインナムは長方形に整えられ、緑のバナナの葉に包まれています。蒸し上がると、葉の緑が餅に移り、ほんのり淡い緑色を帯びます。葉を開くと、半透明の白い生地の上に、オレンジ色のエビと茶色の豚肉の餡が見え、視覚的にも食欲をそそります。
食感と味わい
バインナムの魅力は、なんといってもその繊細な食感です。生地はとろけるように柔らかく、舌の上でなめらかにほどけていきます。バインロック(Bánh Lọc)が弾力のあるもちもち食感なのに対し、バインナムはより滑らかでふわっとした口当たりが特徴です。
エビの甘み、豚肉の旨み、そしてバナナの葉の香りが三位一体となり、素朴ながらも奥深い味わいを生み出します。
バインナムの材料
生地の材料
- 米粉:もち米から作った粉を使用。粘りと柔らかさを出すポイント。
- タピオカ粉(少量):透明感と弾力を加える。
- 水:粉を溶く。
- 塩:少々。
- 植物油:生地がくっつかないよう、少量加える。
餡の材料
- エビ:小さな川エビまたは海エビ。殻をむいて細かく刻むか、すりつぶす。
- 豚肉:赤身肉を細かくひき肉にする。
- エシャロット:みじん切りにして炒める。
- ヌクマム(魚醤):ベトナムの発酵調味料。
- 砂糖、こしょう:味を調える。
包み材
- バナナの葉:餅を包む。蒸すことで独特の香りが移る。
- ドンの葉(Lá dong):バナナの葉の代わりに使うこともある。
バインナムの作り方
生地を作る
- 米粉とタピオカ粉を混ぜ、水を少しずつ加えながら滑らかな生地を作る。
- 塩と植物油を加え、よく混ぜる。
- 鍋に入れ、弱火で絶えずかき混ぜながら加熱する。生地が糊状になり、半透明になるまで続ける。
- 火から下ろし、少し冷ます。
餡を作る
- フライパンに油を熱し、みじん切りのエシャロットを炒める。
- 豚ひき肉を加え、色が変わるまで炒める。
- 刻んだエビを加え、さらに炒める。
- ヌクマム、砂糖、こしょうで味を調え、火を止める。
包んで蒸す
- バナナの葉を火であぶって柔らかくし、適当な大きさに切る。
- 葉の上に薄く油を塗り、生地を長方形に薄く伸ばす。
- 生地の中央に餡を乗せる。
- 葉を折りたたむように包み、両端を折り込む。
- 蒸し器で約20〜25分蒸す。
バインナムの正しい食べ方
つけダレ
バインナムはヌクチャム(Nước chấm)と呼ばれる甘酸っぱいつけダレと一緒に食べるのが基本です。このタレはヌクマム(魚醤)、砂糖、ライム汁、水、刻んだ唐辛子を混ぜて作ります。
食べ方の流れ
- 葉を開く:バナナの葉をそっと開き、餅を露出させる。
- タレをかける:スプーンでヌクチャムを餅の上にかける。
- 一口で食べる:小さなバインナムなら一口で。大きければ箸かスプーンで切り分けて。
セットで楽しむ
フエでは、バインナムは単品でも食べられますが、バインベオ(Bánh Bèo)とバインロック(Bánh Lọc)と一緒にセットで注文するのが一般的です。この3種盛りを「Bánh Bèo Nậm Lọc」と呼び、異なる食感と味わいを一度に楽しめます。
日本料理との比較
似ている日本の料理
バインナムに最も近い日本の料理を挙げるなら、外郎(ういろう)や葛餅でしょうか。どちらも米粉や葛粉を使った、柔らかくもちっとした和菓子です。ただし、バインナムは塩味のエビと肉の餡が入っている点で、日本の甘い和菓子とは異なります。
包んで蒸すという調理法では、笹団子や柏餅に通じるものがあります。葉の香りが餅に移るという点も共通しています。
味わいの違い
| 項目 | バインナム(ベトナム) | 外郎・葛餅(日本) |
|---|---|---|
| 味 | 塩味(エビ、豚肉) | 甘味(砂糖、餡) |
| 食感 | とろけるように柔らかい | もちもち、弾力がある |
| 包み | バナナの葉 | 笹、柏の葉など |
| 食べ方 | つけダレと一緒に | そのまま、またはきな粉で |
バインナムの種類
バインナム・マン(Bánh Nậm Mặn)
最も一般的なバインナムで、エビと豚肉の餡が入った塩味タイプ。これが「バインナム」と言ったときに通常指すものです。
バインナム・チャイ(Bánh Nậm Chay)
ベジタリアン向けのバインナム。餡には人参、しいたけ(椎茸)、緑豆などを使用します。旧暦の1日と15日(仏教の精進日)や、お寺でのお供え用に作られることが多いです。
フエでおすすめのバインナムの店
1. バインナム・バードー(Bánh Nậm Bà Đỏ)
住所:8 Nguyễn Bỉnh Khiêm, P. Phú Cát, Huế
営業時間:8:00〜21:30
価格:10,000〜50,000ドン
フエで最も歴史のあるバインナムの名店。代々伝わる秘伝のレシピで作られる餅は、地元民にも観光客にも愛されています。バインベオ、バインロック、バインコアイなども人気。
2. クアン・ハン(Quán Hạnh)
住所:15 Phó Đức Chính, P. Phú Hội, Huế
営業時間:9:00〜21:00
価格:20,000〜55,000ドン
2階建ての広々とした店内で、ゆっくりとフエの餅料理を楽しめます。バインナムの他、バインベオ、バインウオット(ライスペーパー)、ネムルイ(豚肉の串焼き)なども提供。
3. ハンメー(Hàng Me)
住所:12 Võ Thị Sáu, P. Phú Hội, Huế
営業時間:9:00〜22:00
価格:20,000〜50,000ドン
30年以上の歴史を持つ老舗。伝統的な味を守り続けており、地元の常連客で賑わっています。テイクアウトも可能なので、お土産にもおすすめ。
4. バーホアン(Bà Toàn)
住所:9 Ưng Bình, P. Vỹ Dạ, Huế
営業時間:14:00〜19:00
価格:10,000〜15,000ドン
午後限定の営業ながら、質の高いバインナムで評判の店。餅が薄くてなめらか、餡がたっぷりと好評です。
日本人観光客へのアドバイス
辛さについて
バインナム自体は辛くありません。ただし、つけダレのヌクチャムには唐辛子が入っていることがあります。辛いのが苦手な方は「Không ớt(コン・オット)」=「唐辛子なしで」と伝えれば、辛くないタレを用意してもらえます。
魚醤の香りについて
ヌクマム(魚醤)の独特な香りが気になる方もいるかもしれません。しかし、バインナム自体は魚醤の風味が穏やかで、日本人にも食べやすい料理です。つけダレの量は自分で調節できるので、少量から試してみてください。
アレルギーについて
バインナムにはエビが含まれています。甲殻類アレルギーの方は、精進タイプの「Bánh Nậm Chay」を注文するか、事前に確認してください。
お土産として
バインナムは冷凍保存が可能なため、お土産としても人気があります。真空パックされた冷凍バインナムを販売している店もあり、日本まで持ち帰ることもできます(保冷バッグ推奨)。家庭で蒸し直せば、フエの味を再現できます。
バインナムを含むフエ餅セット
フエを訪れたら、ぜひBánh Bèo Nậm Lọc(バインベオ・ナム・ロック)のセットを試してください。
- バインベオ(Bánh Bèo):小皿に入った薄い餅に干しエビをトッピング
- バインナム(Bánh Nậm):バナナの葉で包んだ柔らかい餅
- バインロック(Bánh Lọc):透明な皮でエビと豚肉を包んだ餅
この3種を一度に味わうことで、フエの餅文化の奥深さを体験できます。それぞれ食感も味わいも異なり、同じ「餅」というカテゴリーでありながら、まったく違う料理であることに驚かされるでしょう。
まとめ|繊細さの中にある豊かさ
バインナムは、フエの食文化を象徴する一品です。シンプルな材料から生まれる繊細な味わい、バナナの葉が醸し出す素朴な香り、そして柔らかくとろける食感。これらすべてが、フエの人々の美意識と食への探求心を表しています。
日本の和菓子が「引き算の美学」を持つように、バインナムにもまた、余計なものを削ぎ落とした中にある豊かさがあります。派手さはないけれど、じんわりと心に染みる味わい。それがバインナムの魅力です。
フエを訪れた際は、路地裏の小さな店で、できたてのバインナムをぜひ味わってみてください。バナナの葉を開いた瞬間の香り、口の中でとろける餅の感触は、きっと忘れられない思い出になるはずです。